赤くなれ 柿は食べごろ 採りどころ

今年の秋も庭の二本の栗の木は豊作です。子どもたちがせっせこと拾い集めて、ホットプレートで焼き栗にしたり、有志のお母さんたちにお手伝いを頂いて(2日間に分けて)、栗ご飯も給食で満喫…。
栗と同じく豊作なのが柿。玄関の柿(これは自生の柿です。カラスちゃんのお陰でしょうか?・・・笑)が先行して実が熟し、早めにちゅうりんと子どもたちで柿取りに精を出し、今は庭のブランコ脇の柿(こちらは地植えです)が赤くなり始めています。工事棒を手に柿を採らんと赤みを帯びた柿を狙う子どもたちも増えてきました。この柿の木の隣にミニ田んぼ跡地に、雨水がたまって「池」となっています。その「池」を渡す一本橋の上を跳ねたり(波紋を楽しんだり、ぐみちゃんも渡ってみたり)、荷車を走らせる子どもたち(中には一輪車で超えてゆく強者もいれば、途中で「ドボン」とハマる子も・・・。それでもめげないところがエライ)。「池」にはヤゴを捕まえようとする子らも目を光らせていて、子どもたちのちょっとした憩いのスペースです。
この田んぼのたまり水をすくいジョーゴを使って容器に水を入れ、ぶくぶくと泡が吹くさまを「実験」として、その水を柿の木の根元にかけている子もいます。訊けばこれで「(青い)柿がオレンジになる」とか。何度か水掛を繰り返して「オレンジになったよ」とご報告。見れば確かに赤みを帯びているような気も…(笑)。工事用の棒で「オレンジになった」柿を取り、ちょうど栗剥きのお手伝いをしてくれていたお母さんたちに柿も剥いてもらい秋の味覚を楽しみました(取った子は食べるより取るほうに夢中でしたが…笑)。
もう一つ今のトレンドとしての憩いのスペースが縄文小屋の中。狭いスペースにどんぐりの子どもたちが車を並べてひしめき合っています(笑)。この狭さがちょうどいい感じの秘密基地になっているようです。そんなどんぐりちゃん憩いのスペースの縄文小屋ですが、先日、縄文プロジェクトのまつくりさんたちがフラットな床どこをスコップで掘り下げて土を出す作業に勤しんでおりました(土はぐみ棟前の「ぐみ畑」へ)。フラットスペースがなくなりどんぐりちゃんたちは困るかと思いきや、どんぐりちゃんたちは翌日から穴の開いた小屋の中に、やっぱり車を入れてシャベルで穴堀り。土を車に入れて運び出し、ご丁寧に△コーンに工事棒を付けて「工事中」の表示まで付けて・・・。

上の学年の様子を見ながら刺激を受けているのはうめももさんも一緒。木の花まつりのお店の商品作りで金槌やのこぎりをふるうまつくりさんの様子を見ながら、木片等の各種端材で大工遊びに精を出しているのはうめももさんが中心。どんぐりちゃんたちに「これはあぶないよ」と注意を促しながら、先輩面で金槌を振るう姿も堂々としたものです。うめももさんは畑の芋堀りをしたうめももさんは早速焼き芋も…。去年、どんぐりちゃん時代に焼き芋風景を見ていたせいか、こちらも手慣れたものです。
そんな木の花暮らしの秋の風景のさなか、東京から旧知の保育者夫婦の方が来園(以前は金沢市の保育園で園長をされた大先輩)。現役は引退していますが、未だに保育関係に係るお仕事をあちこちでされているせいか、東京の保育事情を色々伺いながら、縄文小屋始め木の花の保育風景には「いつもながらコミュニティがあるよね」とのこと。子どもや保育者の想いが実現していく過程で多様な人がつながっていく、子ども同士、異年齢、親や地域など…そんな人と人が自然につながるコミュニティという場の再生、創出が今のAI時代に、教育・保育現場で一番求められているのでは・・・との指摘です。
庭の環境も縄文小屋も、木の花まつりというお店屋さんの取り組みもそんなコミュニティを生み、創り出す一つの仕掛け。見つけて、拾って、触って、採って、味覚を楽しみ、アイディアを絞って、作って、やり直して、売って嬉しい、木の花まつりへ。秋の深まりと共に創造と味覚の祭典への取り組みがお家の人のお店(大人版)の準備作業と並走しながら、加速している幼稚園です。
あゆどん(記)




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